沖縄の歴史は、日本のどの県とも重なりません。独立した王国だった時期があり、他国に支配された時期があり、地上戦の舞台になり、27年間アメリカの統治下に置かれました。順を追って見ていきます。
三山時代(14世紀)
沖縄本島は北山・中山・南山の三つの勢力に分かれていました。それぞれが独自に中国(明)へ使いを送り、朝貢していた時代です。各地に残るグスク(城)は、この頃に築かれたものが多くあります。
1429年 琉球王国の成立と大交易時代
中山の尚巴志が三山を統一し、琉球王国が誕生しました。以後の琉球は、中国・日本・朝鮮・東南アジアを船で結ぶ中継貿易で栄えます。
1458年に鋳造された「万国津梁の鐘」には、船を操って国と国のあいだを取り持つ存在なのだ、という自負が刻まれています。「津梁」とは橋のことです。
1470年には金丸が即位して尚円王となり、第二尚氏王統が始まります。その孫にあたる尚真王の時代に王国は最盛期を迎え、按司(豪族)を首里に集住させて中央集権を進めました。
1609年 薩摩侵攻と「日中両属」
薩摩藩が琉球へ侵攻し、以後、琉球は薩摩の支配を受けます。ただし中国との冊封関係は続けさせられました。中国から見れば独立国、薩摩から見れば支配下という、二重の立場に置かれたのです。
この不安定な立場を、外交と文化で乗り切ろうとしたのがこの時代です。1719年には玉城朝薫が、冊封使をもてなすための歌舞劇「組踊」を創始しました。
1879年 琉球処分
明治政府は琉球藩を廃止し、沖縄県を置きます。450年続いた王国はここで終わり、最後の国王・尚泰は東京へ移されます。
その後の沖縄には、土地整理や旧慣温存策などにより本土との制度上の差が長く残りました。
1945年 沖縄戦
3月26日に米軍が慶良間諸島へ上陸、4月1日には読谷から北谷にかけての西海岸から沖縄本島へ上陸しました。「鉄の暴風」と呼ばれる激しい砲撃が続き、住民を巻き込んだ地上戦になります。
組織的な戦闘が終わったとされる6月23日は「慰霊の日」として沖縄県独自の休日になっており、糸満市の平和祈念公園で追悼式が行われます。首里城もこの戦争で焼失しました。
1945〜1972年 アメリカ統治の27年
戦後の沖縄は日本から切り離され、アメリカの施政権下に置かれました。本土へ渡るにはパスポートが必要で、通貨はB円を経て1958年から米ドル。車は右側通行でした。
1972年5月15日 本土復帰、そして730
沖縄は日本に復帰し、通貨はドルから円に切り替わりました。ただし交通の右側通行はそのまま残り、変更されたのは6年後です。
1978年7月30日、車両通行が右側から左側へ一斉に切り替えられました。標識やバス停をひと晩で入れ替える大作業で、この日は「730(ナナサンマル)」と呼ばれ、いまも記憶されています。
その後
- 2000年 … 「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が世界文化遺産に登録(9資産)
- 2003年 … 沖縄都市モノレール「ゆいレール」開業。戦後初の鉄軌道
- 2019年10月31日 … 首里城で火災。正殿・北殿・南殿などが焼失し、現在復元中
- 2021年 … 「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録
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