沖縄で県民がいちばん一体になる瞬間は、たぶん甲子園の中継です。仕事の手が止まり、商店街のテレビの前に人だかりができ、勝てば号外が出ます。この熱の大きさには、歴史的な背景があります。
海に捨てられた土
1958年、首里高校が沖縄県勢として初めて夏の甲子園に出場しました。結果は初戦敗退。選手たちは記念にグラウンドの土を持ち帰ろうとします。
ところが当時の沖縄はアメリカの統治下にあり、制度上は「外国」でした。那覇港で検疫にかかり、その土は植物防疫法を理由に海へ捨てられます。
この話を知った日本航空の客室乗務員たちが、甲子園の小石を拾い集めて学校へ送りました。石はいま「友愛の碑」として首里高校の校庭に置かれています。負けたチームが土を持ち帰る光景は、沖縄にとってこの出来事と切り離せません。
優勝旗が海を渡るまで
初出場から全国制覇までは、40年以上かかりました。
- 1999年 … 沖縄尚学がセンバツを制し、県勢初の全国優勝
- 2008年 … 沖縄尚学が2度目のセンバツ優勝
- 2010年 … 興南が春夏を連続で制覇。夏の優勝は県勢初
- 2025年 … 沖縄尚学が夏の甲子園で初優勝。県勢の夏の頂点は15年ぶり
2010年に興南が夏を制したとき、深紅の大優勝旗が初めて沖縄へ渡りました。土を捨てられた1958年から数えて52年後のことです。
13という数字
石垣島出身の具志堅用高は、1976年に世界王座を獲得したあと、13回連続でタイトルを守りきりました。日本人男子の世界王者としては、いまも誰も並んでいない記録です。
石垣港の離島ターミナルにはガッツポーズのモニュメントが立っていて、島の人にとっては待ち合わせ場所にもなっています。
2月1日、島に球音が戻る
プロ野球のキャンプインは毎年2月1日。この日、沖縄の各地に球団が入ります。2月の平均気温が17度前後という気候が、屋外での本格的な練習を可能にしているからです。
キャンプ地の周辺には見学の観客が集まり、地元の飲食店や宿にとっても冬の稼ぎどきになります。オフシーズンの少ない沖縄観光にとって、プロ野球は貴重な集客装置でもあります。
バスケの熱
沖縄市をホームタウンとする琉球ゴールデンキングスは、Bリーグ屈指の観客動員を誇ります。試合日は会場周辺が黄色いユニフォームで埋まり、チャンピオンシップの時期になると県内の話題をさらいます。
背景には、小学生の「ミニバス」から続くバスケ人口の厚みがあります。公園や学校の外周にゴールが置かれている風景は、沖縄では珍しくありません。
意外な強豪、ハンドボール
全国的にはあまり知られていませんが、沖縄はハンドボールが非常に盛んな県です。高校男子の部員数は全国で2位クラス。興南、那覇西、浦添商業、浦添といった学校が全国大会の常連で、県内では「ハンド」と呼ばれています。
走る、漕ぐ、引く
- NAHAマラソン(12月)… 沿道の応援と差し入れの多さで知られる市民マラソン
- おきなわマラソン(2月)… 沖縄市周辺を走る別大会。キャンプ期間と重なる
- ストロングマン(4月)… 全日本トライアスロン宮古島大会の愛称。島を挙げて選手を迎える
- ツール・ド・おきなわ(11月)… やんばるの起伏を走る国内最大級の自転車レース
- 那覇大綱挽(10月)… 世界一のわら綱でギネス認定。1万5千人が引き合う
那覇大綱挽を「スポーツ」に数えるかは意見が分かれるところですが、東と西に分かれて力を競うという意味では、沖縄でいちばん参加人数の多い競技かもしれません。
空手は沖縄から世界へ
2021年に開催された東京オリンピックで、空手が初めて五輪競技になりました。発祥の地である沖縄にとっては特別な大会です。
沖縄で成立した流派には剛柔流、上地流、小林流などがあります。本土でよく知られる松濤館流は、沖縄出身の船越義珍が東京へ伝えたあとに体系化されたもので、源流をたどればやはりこの島に行き着きます。
読んだあとは、クイズで確かめる
ここまでの内容がどれくらい頭に入ったか、4択クイズで試せます。1問ごとに解説が付くので、間違えてもその場で覚えられます。

