1429年の三山統一から、薩摩侵攻、琉球処分、沖縄戦、27年間のアメリカ統治、そして1972年の本土復帰と730まで。沖縄の歩みは日本のどの県とも違います。4択クイズで、年号だけでなくその背景まで解説付きで確認できます。
全10問。あなたは何問わかる?
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在日米軍専用施設の面積のうち、沖縄県に集中しているのはおよそ?
- 約7割
- 約3割
- 約1割
- ほぼゼロ
答え:約7割
国土面積の約0.6%の沖縄に、在日米軍専用施設の面積の約7割が集中しています(基地問題の背景の一つ)。
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戦前の沖縄本島を走っていた鉄道の愛称は?
- ケービン(軽便鉄道)
- リュウテツ
- ナハデン
- シュリセン
答え:ケービン(軽便鉄道)
県営鉄道は「ケービン」の愛称で親しまれ、那覇から嘉手納・与那原・糸満を結んでいました。沖縄戦で壊滅し復旧されないまま、沖縄は長く鉄軌道のない県になりました。
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「730(ナナサンマル)」とは何が変わった日?
- 車が右側通行から左側通行になった
- 通貨がドルから円になった
- パスポートが不要になった
- 本土との電話が直通になった
答え:車が右側通行から左側通行になった
1978年7月30日、沖縄の車両通行が右側から左側へ一斉に切り替わりました。バス停の位置や標識をひと晩で入れ替える大規模な作業で、この日は「730」と呼ばれ記憶されています。
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1879年の琉球処分で退位した、最後の琉球国王は?
- 尚泰
- 尚巴志
- 尚円
- 尚真
答え:尚泰
第二尚氏19代の尚泰が最後の国王。1879年に琉球王国は廃され、沖縄県が置かれました。
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琉球の伝統芸能「組踊」を創始した人物は?
- 玉城朝薫
- 尚巴志
- 蔡温
- 護佐丸
答え:玉城朝薫
玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)が1719年、中国からの冊封使をもてなすために創作し初演しました。せりふ・音楽・踊りで構成される歌舞劇で、2010年にユネスコ無形文化遺産に登録されています。
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首里城の正殿などが火災で焼失したのはいつ?
- 2019年10月31日
- 2015年3月10日
- 2021年7月1日
- 2005年12月24日
答え:2019年10月31日
2019年10月31日未明の火災で正殿・北殿・南殿などが焼失しました。復元工事が進められており、作業の様子を見学できる形で公開されています。首里城は戦前にも沖縄戦で焼失しています。
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首里城にあった「万国津梁の鐘」。「万国津梁」の意味は?
- 世界の架け橋
- 永遠の平和
- 海の恵み
- 王家の繁栄
答え:世界の架け橋
「津梁」は橋のこと。1458年に鋳造された鐘には、琉球が船を操り各国を結ぶ「万国の架け橋」であるという誇りが刻まれています。沖縄の国際性を象徴する言葉として今も引用されます。
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琉球国王が中国の皇帝から正式に王と認められる儀式を何という?
- 冊封
- 朝貢
- 進貢
- 服属
答え:冊封
冊封(さっぽう)。中国から冊封使が派遣され、首里城で儀式が行われました。もてなしのために組踊などの芸能が発達しています。
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1372年に中山王として中国(明)への進貢貿易を始めた王は?
- 察度
- 尚巴志
- 尚円
- 舜天
答え:察度
中山王・察度が1372年に明へ進貢を始めました。これが琉球と中国の長い交易関係の出発点です。
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本土復帰までの間、沖縄に置かれていた住民側の自治機構を何という?
- 琉球政府
- 沖縄県庁
- 琉球王府
- 那覇市役所
答え:琉球政府
琉球政府は1952年から復帰までの沖縄の自治機構。アメリカの民政府の下に置かれ、行政主席が長を務めました。
